仏教に由来する「言葉の不思議」仏教語の引導を渡す(いんどうをわたす)とは? そしてあなたを苦しみから救う「魔法の言葉」と空海の言葉

仏教に由来する「言葉の不思議」引導を渡すとは? そして、あなたを苦しみから救う「魔法の言葉」と空海の言葉

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おはようございます。

私は、仏教の学校で学びました。

そのためか、神社仏閣に参拝に行くのが大好きです。

心が落ち着きます。

残念なことに、今はコロナ禍のため、神社仏閣どころかどこにも行けません。

早く収まってほしいですね。

そのため、今回の記事では仏教に由来する「言葉の不思議」について、記載しました。

■前回の記事はこちらから↓

バビロン大富豪の教え 「お金」と「幸せ」を生み出す五つの黄金法則!!今なお、多くの人に読まれている理由。

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仏教語の引導を渡す(いんどうをわたす)とは?

今、使われている引導を渡すという言葉は、あまり良くないイメージを持ちますね。

意味は、 諦めるように最終宣告をすることです。

そして、こんな時に使われます。

上司が部下に対して退職を促す時や取引先との契約を解除するといった場合に用いられます。

また、親から「今後は面倒をみない!」と引導を渡されたとか。

何と悲しい言葉でしょか(-_-;)

「引導を渡す」言葉の由来

この言葉の由来を知ることで言葉のイメージがガラリと変わるかもしれません。

仏教の世界では、「引導」とは「誘引開導」の略で、「迷っている者を正しい悟りの世界へ導く」という意味があります。

お葬式では、僧侶が棺の前で経文や法語を唱えますが、 そこから、「葬儀に際して、僧侶が死者に対し、必ず仏様に救われますと説き、この世と縁を切らせること」という意味で使われるようになりました。

僧侶が死者に迷いを捨てて悟りを開くように説き聞かせることです。

さらにこれが転じて、「何かを諦めるように、最終的な宣告をすること」という表現として広まったのです。

なんだか、最終宣告といわれると厳しく悲しい言葉ですが、本来は死者に対して 、「必ず仏様は救ってくださるから 、安心してこの世と別れましょうと正しい悟りの世界に誘導してくださる仏教語です。

現在使われている意味と、かなり違いますね。

本来は、安心してこの世とお別れできるようにやさしく諭してくださっている言葉なのです。

言葉の由来がわかると、厳しい言葉として使いづらくなりますね。

中道(ちゅうどう)

「悟りを開く」と簡単に口にしますが、これは大変なことです。

6年間苦業を続けても、お釈迦様は悟りを開けませんでした。

そこで修行を中断して沐浴(もくよく)をしている時に 、一人の娘から乳粥(ちちがゆ)の布施せを受けたのです。

この記事に記載しています↓

なんと!シッダールタ王子は王族の身分を捨て、真理を求めて出家した !

その乳粥のおかげで、 お釈迦様は体力を回復し、菩提樹の下で瞑想に入り、ついに悟りを開きました。

そして「苦行と快楽という二つの極端を捨てて中道を悟った 」と説法したのです。

それが転じて、 「極端に偏らない考え方、やり方」という意味になりました。

あなたを苦しみから「救う魔法の言葉」とは

最後にいつも「かもしれない」を付けましょう。

「お父さんの病気は絶対に治る」と口癖のようにいっている娘さんがいます。

絶対はかなりきつい言葉でなので、「絶対○○する」と断言すると、かなわなかったとき心の痛手が大きくなります。

そんな時は「お父さんの病気は治るかもしれない」というように「かもしれない」を付けると、言葉はあいまいですが、その方がいいということです。

仏教でいう「中道」になります。

極端な考えを避け、バランスよく生きるということです。

「絶対」という強い言葉は、心のバランスを壊してしまいます。

ですから、「かもしれない」というくらいの、どんな結果に転んでもいいというくらいのゆるさが大切ということです。

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空海(お大師様)の言葉より

空海のこんな言葉があります。

「心病衆(おお)しといえどもその本(もと) はただ一つ、いわゆる無明(むみょう)これなり」・・・『十住心論(じゅうじゅうしんろん)』

「無明」とは、心の中が真っ暗になっていて、闇に包まれている状態のこと。

正しい判断ができないこと、つまり、 自分自身がわからない状態といえます。

心が闇に包まれていると、どんなことにも疑心暗鬼になります。

そして、どんどん深い闇に迷い込んでしまいます。これが、すべての病の根源なのです。

「何かを諦めるよう」に、最終的な宣告をされたり、親から「今後は面倒を見ない」などと突き放されたり、理由がわからないまま相手に宣告をされて、どうしていいのかわからず落ち込んでしまったとき。

辛いことがあって迷いや不安を感じた時、解決策が見いだせない時などは、一度、考えるのをやめて、心を真っ白にしてみましょう。

「思いもよらない問題が起こるのが人生」です。

そして、 起こってしまったこと、決まってしまったことは、どんなに後悔しても元には戻りません。

タイムマシーンでもあれば別ですが・・・。

それならば、 パッと切り替えてしまう方が、気持ちはずっと楽です。

その日を早く終えて、 さっさと寝てしまうのも良い方法です。

また、これから先どうなるのかと未来のことを余り考えすぎても、「明日のことは明日になってみないとわからない」と言われるように、どうなるか、わからないことばかりです。

その先のことは、また明日から考えればいいのではないでしょうか。

「時薬」(ときくすり)「日にち薬」

人生には、いくつもの可能性が潜んでいます。

一つがダメになったからといって、全てが終わりになるわけではないのが人生です。

済んでしまったことを振り返らないようにすれば、自然に他の可能性を探すための新しいスタートをきることができるのではないかと思います。

辛いことがあったら、何も考えず、日々を淡々と過ごしましょう。

一週間たち、2週間経つ頃には「ああ、 死んでしまいたい」と思うほどつらかったことでも、大抵は乗り越えているのが人間ではないでしょうか。

また、大事な人が亡くなった深い悲しみなどは、「すべては時間が解決してくれる」とも言われますように、時間にしか癒せないこともあります。

「時薬」(ときくすり)「日にち薬」という言葉があります。

●意味は「時は全てを癒してくれる」

肉体の病、また、骨折は、時間の経過とともに、治っていく場合があります。

その時に、時間が薬のように例えられて、「時薬」「日にち薬」と言われます。

どんな強い薬を使ったとしても、病気や怪我を1日で治すことはできないものです。

でも、 例えばひどい傷でも、 時間がたつうちにかさぶたができ、下に皮膚が張ってきて、いつかは綺麗に治っているものです。

ゆっくりと日にちをかけることによって自然と治っていく、時間が薬となる。

実は、 心の傷も同じです。

淡々と暮らし、 時間がたつのに身を任せてみましょう。

これが心の傷を治す一番の早道だといえるでしょう。

無理に傷を忘れようとせず、何もなかったように、いつものように「今日は今日のすることをこなせばいい」 と考えれば、やがて感情の高ぶりが消え、平常心を取り戻せるでしょう。

悲しんでいる人にとっては、この悲しみがずっと続くかのように思いますが、決して永遠に続くものではないことを伝えることで、少しでも楽になってほしいという心が込められています。

「時薬」「日にち薬」いい言葉ですね。

楽しくなくても「笑って」みましょう。

口角を上げると、気持ちが明るくなります。

まとめ

仏教語由来の「引導を渡す」とは、現在使われている意味とは違いますね。

死者を諭して、「安心してこの世から」旅立たせるという意味で、突き放す言葉ではないのです。

「時薬」「日にち薬」もいい言葉ですね。

この言葉も決して永遠に、この苦しみは続かないというものです。

本当にそうで、その時は、パニックになったような出来事でも、日にちが立ち何年かすると、笑い話になることもあります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

あなたの一日が、平穏な日でありますように(^o^)丿

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「最強運」を手に入れる方法は簡単!!あなたの恐ろしい「くせ」を発見するだけ。 空海のことば

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