仏教に由来する日常の中の仏教語・正念場(しょうねんば)と平常心(へいじょうしん)

仏教に由来する日常の中の仏教語・正念場(しょうねんば)と平常心(へいじょうしん)

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おはようございます。

仏教の大学で学び、空海さんと縁の深い聖佳と申します。

神社仏閣に行くと心が満たされるので好きです。

参拝した帰りに御朱印を頂きます。

御朱印を書いた人の字をよく見てみると、その人の人柄もある程度わかります。

私は、書道教室と水墨画を教えているので、字や絵の描き方でほぼ性格がわかります。

書道の字に変化があらわれれば、何かに悩んでいるというのがわかります。

反対に生活が充実している時も書に現れます。

中学3、高校3の受験期になると、書道の字にゆとりがなくなるのを感じます。

今の受験生さんたちは、コロナ禍のため不便で辛い思いをしているのです。

まさに正念場です。

平常心を持って受験に臨めるように着々と準備をしているようですが・・・。

ゲームを手放せない子もいます。

そんな生徒さんには一言

「今あなたは正念場ですよ~!!」なんてね。

今回の記事では、正念場と平常心について記載しています。

■前回の記事はこちらから

仏教に由来する言葉・袖振り合うも「多生」「他生」(たしょう)の縁とは

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正念場(しょうねんば)とは

「正念場」は、仏教語の「正念」からきています。

「せいねんば」と誤読する人が多いようなので気を付けてください。

「正念」とは、釈尊が説いた修行である八正道の一つで、「雑念に乱されぬこと。一心に思う、専念すること」という意味です。

これが歌舞伎役者などの心得にもなり、芝居の見せ所、聞かせどころで、役者が精一杯の力を発揮する最も重要な場面を「正念場」と呼ぶようになりました。

役者さんはそのために、日頃たゆまぬ精進を重ねているわけですね。

その言葉が、一般化して大事な場面を意味する言葉として広く用いられるようになったようです。

八正道とは

『八正道』とは

「正念」「正見」「正思惟」「正語」「正業」「正命」「正精進」「正定」。

正念(しょうねん)

雑念のないこと

・正見(しょうけん)

偏った見方をせず、 正しい物の見方を心がけること

・正思惟(しょうしゆい)

正しく考え判断すること

・正語(しょうご)

正しい言葉で話すこと

・正業(しょうぎょう)

正しい行いをすること

・正命(しょうみょう)

正しい生活をすること

・正精進(しょうしょうじん)

正しい努力をすること

・正定(しょうじょう)

正しい瞑想をおこなうこと

「正念場(しょうねんば)」の意味

物事の「重要な局面」のこと。

ここをうまくやるかどうかで成功・失敗が決まるといった場面のこと。

今のコロナ政策でも大臣たちの「正念場」!!

この言葉がぴったりはまりますね。

しっかり頑張ってくださ~い (^^)/

正念場とはどういう時に使うのか

「正念場」は「正念場を迎える(むかえる)」といういいかたが多く使われています

「正念場を迎える」とは「大切な場面を目前とする、訪れる」という意味です。

会社がピンチの時、 会社が生き残れるかどうか、今まさに正念場を迎えている。

優勝まであと一歩という時に、この試合がチームにとって正念場だ。

社運を賭けた大掛かりな計画がついに山場を迎えここが正念場 。

などと使います。

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「正念場を迎える」より強い言葉 「正念場に立たされる」

同じ『正念場』なのに「迎える」と「立たされる」ではかなり違ってきます。

「迎える」より「立たされる」という言葉の方が、失敗が許されない切迫感があります。

「正念場を迎える」は踏ん張って立ち向かい頑張ろうという感じですね。

「正念場に立たされる」というと受け身の状態で、準備不足のため 窮地に陥っているという感じがします 。

同じ正念場なのにかなり違いますね。

「正念場」は平常心で

筆で書いてみました。

平常心も仏教語です。

「 平常心でやれたのがよかったです」などとよくインタビューに答えていますが、そもそも 平常心とは何でしょうか。

中国の宋の時代の瞑想の問答集の中に、「平常心是道(びょうじょうしんぜどう)」という言葉があります。

弟子に「仏の道とはどのようなものでしょうか」と尋ねられた師が、「毎日のありのままの心こそが道です」と答えたのです。

この問答が、私たちがよく口にする「平常心」の原点といわれます。

現在では「へいじょうしん」 と読みますが、もとは「びょうじょうしん」で、日々の平常の心がそのまま道だから、特別なことはいらない、という意味です。

人は概して、突発的なこと、想定外の出来事には上手に対応できません。

それは心の準備ができていないからです。

そんな時、 平常心を乱されることなく力を発揮するには何が必要かといえば、日頃の心の準備ですね。

学生さんの受験、ビジネスの世界、スポーツの世界でもシミュレーションを繰り返すことによって、いざ本番という時に平常心で臨めます。

まとめ

「正念場」は平常心で臨めるように日ごろからの念入りな準備が必要です。

窮地に立たされても、平然としていられる人は、日頃から心の準備をされているということです。

頑張りましょう(^o^)丿

最後まで読んでいただきありがとうございました。

あなたに幸運が訪れますようにお祈りいたします(^^)/

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仏教に由来する「言葉の不思議」日常に隠れている意外な言葉 知恵、出世、悪事など

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