仏教に由来する言葉・袖振り合うも「多生」「他生」(たしょう)の縁とは

仏教に由来する言葉・袖振り合うも「多生」「他生」(たしょう)の縁とは

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おはようございます。

仏教の学校で学び、書道教室をしています。

私は、神社仏閣に行くのが大好きです。

不思議な空気が漂っていますからね。

いい神社に巡り合えると、すべてがリセットされて、心も体も軽くなります。

反対も時々ありますが・・・。

今は、コロナ禍で参拝に行けないので、旅先での人とのご縁がなく残念です。

今回の記事では暮らしの中の仏教語『袖振り合うも「多生」「他生」(たしょう)の縁』について記載しています。

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同じ年齢なのに老けている人と若々しい人の違いは?

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『袖振り合うも「多生」の縁』とは

間違えて覚えられていることわざ上位

間違って覚えられていることわざランキングがあったら、上位に入るのがこの「袖振り合うも「多生」「他生」(たしょう)の縁」かもしれません。

「多生」「他生」「多少」(たしょう)はどう書くのが正しいのでしょうか?

正しく理解しておきたいですね。

『袖振り合うも「多生」の縁』の意味

「袖振り合うも多生の縁」とは、道を行くとき、見知らぬ人と袖が触れ合う程度のことも前世からの因縁によるという意味から、どんな小さな事、ちょっとした人との交渉も偶然に起こるのではなく、すべて深い宿縁によって起こるという意味のことばです。

仏教用語である「他生」は「今生(こんじょう)」すなわち「この世」に対する語で、過去(前世)あるいは未来(来世)における生存の意味です。

「多生」は、仏教用語で何度も生まれ変わるという意味です。

仏教においては、人類はすべて、生きていた時の行いによって死後に生まれかわり、六道(ろくどう)という六種の世界に住むと考えられています。

地獄道、飢餓道、畜生道、修羅道、人道、天道です。

六道(ろくどう)を輪廻(りんね)し、多くの生を経ることを意味しています。

何度も生まれかわることを「多生」と言います。

「六道」はこちらの記事にも少し触れています↓

驚愕の事実!!地蔵菩薩さまの本当の姿と地獄を支配する閻魔大王の関係は?

『袖振り合うも「多生」の縁』の由来

このことわざは仏教の考えが元になっています。

道で見知らぬ人と袖が触れ合うことがありますが、それも深い宿縁に基づくもの。

つまり、どんな出来事も宿縁によるものだという仏教の教えから生まれた語です。

いいご縁に巡り合うために、椿大神社に参拝。

椿大神社の記事はこちらから↓

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「多生」「他生」正しいのは?

「多生の縁」を使うのが正しいのか。

「他生の縁」を使うのが正しいのか。

どちらを使うのが正しいのでしょうか?

「仏教辞典」や「国語辞典」「広辞苑」、他にもたくさんの辞典に記載されていますが、解釈の仕方で意見が違います。

このことわざは、どちらも仏教用語で意味合いは似ています。

「他人と道で袖が触れ合うような些細なことであっても前世からの深い因縁である」という意味のことわざなので「他者」というイメージが強いと「他生の縁」。

そういった経緯から「袖振り合うも他生の縁」というとらえ方が多くなっています。

しかし、人の縁は偶然ではなく何度も繰り返される因縁ということで、本来は「多生」なのでしょうが、言葉が移り変わっている現代では「他生」の方も使われています。

「他生」・「多生」どちらも間違いではないということになります。

ちなみに「多少の縁」と書き「まあ多少は縁があるかも」という意味で使っている方もいるかもしれません。

でも「多少」という書き方、解釈の仕方は間違いです。

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「袖振り合うも他生の縁」の使い方

例)

①「袖振り合うも他生の縁」と言いますから、これからよろしくお願いします。

②偶然がきっかけでお話しましたが、「袖振り合うも他生の縁」といいますので、よろしくお願いします。

③旅行中に何人かの方と顔見知りになった時など「袖振り合うも他生の縁」といいますから、仲良くお願します。

④ここで知り合えたことは「袖振り合うも多生の縁」といえますので、このご縁は大切にしたいですね。

「袖振り合うも他生の縁」の類義語

・袖の振り合わせも五百生の機縁(そでのふりあわせもごひゃくしょうのきえん)

知らない人と偶然道で袖が触れ合うような些細なことでも、前世からの深い因縁によるものであるということ

・一河の流れを汲むも他生の縁(いちがのながれをくむもたしょうのえん)

ちょっとした人間関係も、全て前世からの因縁によるものであるということ

・一樹の陰一河の流れも他生の縁(いちじゅのかげいちがのながれもたしょうのえん)などがあります。

この世の全て出来事は、前世からの因縁によるものだということ

・つまずく石も縁の端(つまずくいしもえんのはし)

自分に関わる全てのものは、何らかの因縁で結ばれているということ

・行きずりの宿世(ゆきずりのすくせ)

道ですれ違うのも、前世からの因縁であるということ

・縁は異なもの味なもの(えんはいなものあじなもの)

男女の縁の不思議さを表すことわざです。

男女のめぐりあわせは不思議で面白いものだという意味です。

・一村雨の雨宿り(ひとむらさめのあまやどり)

一時的ににわか雨をさけて同じ場所で見知らぬ人と雨宿り、それも深い縁で結ばれているということ。

・一期一会(いちごいちえ)

一生に一度だけの出会い、この縁を大切にしていきたいという意味。

「いっきいっかい」とか「いっきいちえ」などと、読み間違いのないようにしてくださいね。

これらのことわざは、どんな些細なことでも全て前世からの深い因縁で結ばれているということですね。

まとめ

今回は『袖振り合うも「多生」「他生」(たしょう)の縁』の意味や使い方について紹介しました。

「他生」とは正確には「前世や未来」という意味の仏教用語であり、「多生」は人の縁は偶然ではなく何度も繰り返される因縁ということで、本来は「多生」を使うのが適切なのでしょうが、どちらも間違いではないということです。

高野山の記事では、「袖振り合うも他生の縁」で記載されていました。

人の縁はすべて、単なる偶然で生まれるのではなく、深い因縁でおこるものだから、どんな出会いも大切にしなければならない、という教えですね。

道のいきすがりに、袖が振れ合うというような、偶然でほんのささやかな出会いであっても、それは前世からの深い緑で起こっているのです。

人との絆を大切にしなければなりませんね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

あなたとご縁があったことをうれしく思います。

あなたにたくさんのいいご縁がありますように(^o^)丿

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