自然に手を合わす合掌の意味 (合掌のこころ)とは  

自然に手を合わす合掌の意味 (合掌のこころ)とは  

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高野山の卓上カレンダーです。

おはようございます。

私は神社仏閣に行くのが好きで、神社仏閣でパワーを頂いています。

時々、最悪な神社仏閣に入ってしまい変なものを頂いてくるときがあります。

入り口で分かるので、要注意の神社仏閣には入らないようにしてください。

要注意神社はこの記事に記載しています↓

手を合わす所作は、葬儀や法要、お墓参りや仏壇の前で、私たちは当然のようにします。

神社仏閣で参拝するときも、合掌してから「お願い事を叶えてください~」ですね。

お詫びをする時、お願い事をする時、手を合わせて許してもったり要求を聞き入れてもらったりしますね。

なんだかとても都合のいいものですね(^_^)

こんなことを考えていると、バチが当たりそ~~~ですね。

すみませんでした(-_-;)

なぜ合掌をするのでしょうか、その意味を考えたことがありますか。

今回の記事では、合掌の意味を考えてみました。

■前回の記事はこちらから

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合掌の発祥は

合掌するという所作は、仏教が生まれたインドで発祥したものです。

日本には仏教伝来とともに伝わってきました。

インドにおいては、右手は清らかなもの、左手は不浄なものとされています。

右手を用いて食事をし、左手を使って用を足します。

合掌の意味

合掌の意味は、相手への敬意や尊敬を表します。

インドでは合掌しながら「ナマステ」という挨拶をしていますね。

ヒンディー語で「おはよう」、「こんにちは」、「こんばんわ」、「さようなら」などの挨拶の言葉です。

「ナマス」は敬意を表し、「テー」はあなたを表しています。

インドに行くとき、この言葉を知っていると便利ですね。

人間関係を円滑にするのには、まず気持ちの良い挨拶からですね。

何気なく手を合わしていますが、これは相手に対する敬意や敵意を持っていないということも表しているということです。

挨拶の代わりに合掌して相手に礼を尽くします。

合掌している姿は美しいですね。

お寺に参拝するとき

お寺の僧侶さんが挨拶するときには、お辞儀の代わりに合掌されます。

私たちもお寺に参拝するとき、自然に手を合わせ合掌して参拝しますね。

「右仏、左は我と合わす手の中ぞゆかしき南無の一声」という歌があります。

この歌では、右の手は仏様・清浄・神聖・真理・ 左の手は自分自身・不浄・煩悩・世俗・を表し、仏と自身が一つとなるというものです。

心から相手を尊敬、信頼する合掌の習慣はとてもいいですね。

日常生活でも使っていきたいですね。

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合掌して神さまから頂いた人間の寿命は75年

昔、生き物の寿命を決める神さまがおられ、人間、馬、犬、猿の寿命をすべて30年と平等に決めておられました。

まず初めに馬を呼んで「お前の寿命は30年と決まった」と伝えました。

しかし、馬は神さまに申し出ました。

「毎日私たちは人間にこき使われています。休もうと思えば尻を叩かれ、腹が減ってもニンジンだけで走れ走れとあおられる。こんな一生が30年も続くのはとても耐えられません。どうか10年でご勘弁を。」

そう言われると、神様も気の毒がって「馬の寿命は10年としょう。」と決めました。

それを見ていた犬が、「それなら私たち犬の寿命も半分ぐらいにしてもらえませんか。毎晩家の門番をさせられて、こんな緊張がずっと続くと思うと気も休まりません。」と言いました。

また神様が気の毒に思い「犬の寿命は15年にしておこう。」と決めました。

すると今度は猿が神さまにお願いをしました。

「神さま、それなら私もお話があります。こうやって木の上でぼーっとしながら30年も過ごすなんてお慈悲がないのではないですか。どうか20年でごかんべんを。」

と神さまは「そうかと」うなずきながら猿の寿命を20年としました。

最期に人間が神様に申し出ました。

神さまは「お前も寿命を短くしろというのか。」

神さまが聞くと、人間は首を振りました。

「人間の寿命がたった30年だなんてあまりにも短すぎやしませんか。これから家族や子供のために一生懸命働くぞ、というときにコロッと逝っちまったんでは家族に申し訳ないです。もう少し伸ばしていただけると有難いんですがね。」と申し上げました。

すると神さまは「人間はよくばりだのう。馬から預かった寿命20年を与えてやる。50年でどうじゃ」と言うと、人間は気まずそうに50歳だと家のローンがまだ残っているし、子供にもお金がかかります。おまけに仕事に責任を持たされるようになった時にもうお迎えですか。」

神様は「それなら犬から預かった15年をやるから65歳で満足じゃな。」

すると人間は慌てて「仕事も終えて孫もでき、これから夫婦でゆっくり温泉旅行でもしようという時にこコロッと逝っちまうなんて・・・。あともう少しだけなんとかなりませんか」

神様もあきれて「残っているのは猿から預かった10年だけじゃ。これをくれてやるからとっとと帰れ。」と怒ってしまいました。

何度も合掌してお願いしたのでしょうね。

人間はこのようにして75年という寿命を手にしたそうです。

30歳までは人間らしく生きることができるのですが、30歳から50歳までの20年間は馬の寿命を頂いたのでまさに馬車馬のように働く期間になります。

50歳から65歳までは犬から頂いた寿命ですから番犬のように緊張感を持って家族に禍が来ないように門番をして生きていきます。

65歳以降はお猿さんから頂いた寿命なので顔をしわくちゃにしながら温泉に浸かり余生を過ごすというお話です。

しわくちゃは嫌ですが・・・ゆっくり温泉はいいですね。

頂いた寿命で人間らしく生きるとはどういうことなのでしょうか。

それはその日その瞬間を生かされていることに感謝することではないでしょうか。

感謝という感情を持つことができるのは人間だけです。

平和な日常に感謝し 頂いた寿命をより豊かに生きていきたいですね 。

まとめ

合掌には敬意と信頼の意味があるということ。

右手と左手それぞれに表していることが違うということが確認できましたね。

食事の挨拶の際にも手を合わせ「いただきます」と言います。

自然にしているこの行為も、食事を作ってくれた人、食材を育ている人、自然の恵みに感謝と敬意の心を表しているということです。

当たり前のように手を合わせていますが、その意味を理解すると手を合わせるときの気持ちが違ってきますね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

追記

2020年4月現在、コロナウイルスの影響で世界中が困っています。

個人が少し気を付けることで、爆発的な感染が防げるのではないでしょうか。

早く、コロナウイルスが消滅することを祈ります(合掌)

■次回の記事はこちらから

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