両界曼荼羅の立役者、真言高僧八祖(第7祖)恵果和尚(けいかかしょう)とは

両界曼荼羅の立役者、真言高僧八祖(第7祖)恵果和尚(けいかかしょう)とは

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不空の6大弟子の一人、心優しい恵果和尚

子どもを従えている特徴があります。特徴だけとらえてくださいね

子供の頃から師を間近にして育ち、恵まれた環境にいました。

恵果和尚は図像的に童子(子ども)を従えた姿で描かれています。

この記事では、真言高僧八祖(第7番)恵果和尚について記載しています。

おはようございます。

私は仏教の大学で学び、今は仏教と書道を楽しく学んでいます。

スピリチュアルなことが好きな、聖佳と申します。

この記事が、あなたのお役に立てれば幸いです。

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子供の頃から師を間近にして育ち恵まれた境遇の恵果は

中国の大興善寺(だいこうぜんじ)で、師の不空 から 金剛界系の密教を学び、善無畏の弟子であった玄超から胎蔵系の密教を学びました。

恵果は両部の密教を授かりました。

密教の修行に励み、異なった体系をもつ二つの密教を表裏一体のものとみなし両部不二 (りょうぶふに)の考えを根づかせました。

両部不二 とは金剛界と胎蔵は二つでありながら一体であるという考え

『金剛頂経』、『大日経』 霊系統の密教を融合するのに生涯をかけて作り上げた 人物であると言われています。

師・不空を失った後はその後継者として様々な修法や祈祷を行いました。

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恵果和尚から認められた弟子は?1000人以上いる中でたった6人!

恵果は心優しく熱心な阿闍梨だったので、当時アジア各地から集まった弟子は僧俗合わせて1000人を超すほどでした。

しかし、正式な密教僧として認められる伝法灌頂を受けることができたのはたった6人でした。

惟上・義円・恵日・辨弘・義明・空海の6人です。

さらに金胎両部の大法を授かったのは、2人 だけでした。

空海と義明です。

義明は残念ですが短命でした。

空海は、後に真言高僧八祖(第8番)となります。

恵果和尚の晩年は

道教との抗争における度重なる敗北や、ときの権力によって仏教弾圧により世の中が揺れ動き、中国における密教の存在が危ぶまれました。

そんな時、国籍を問わず密教の教えを伝えるにふさわしい器を持っていたのが温和な中にも厳しさを持つ恵果でした。

多くの弟子をもつ恵果和尚でしたが、 空海と運命的な出会いをしました。

恵果和尚は、空海を一目見るなり、 空海が来るのを待っていたと伝えました。

恵果和尚は、自分の死期が近いことを察していて、大急ぎで空海に金剛界・胎蔵 の両部の秘宝の全てを授けました。

安堵した恵果和尚(746~806)は、同じ年の12月15日に清龍寺で入寂しました。

まとめ

恵果和尚は、異なった体系をもつ二つの密教を表裏一体のものとみなして両部不二を定着させました。

そして、恵果和尚は空海と運命的な出会いをして密教のすべてを託すことができました。

出会わなければならない二人だったのでしょうね。

この二人の出会いにより密教史の上に大きな希望と光をもたらすことになりました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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