仏教に由来する「言葉の不思議」!日常に隠れている意外な誤解!!「我慢」

仏教に由来する「言葉の不思議」!日常に隠れている意外な誤解!!「我慢」

スポンサーリンク

言葉の誤解とは?

仏教から発祥している言葉で悪い意味の事であるが、世間一般に日常用語として使われている時には反対に良い意味に変わったりしていることがあります。

今回、その反対の意味に使われている不思議な言葉、「我慢」「言語道断」「他力本願」について 記載しています。

おはようございます。

私は仏教の大学で学び、今は仏教と書道を楽しく学んでいます。

スピリチュアルなことやオカルト的なことも好きな、聖佳と申します。

この記事を読んでいただいて、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

■前回の記事はこちらから

日常に使われている意外な仏教用語 「言葉の不思」 果報は寝て待て?

我慢・言語道断・他力本願とは、どんな誤解がされているのか?

★「我慢」の意味

「辛抱すること」「耐え忍ぶこと」のように今は良い意味に使われています。

しかし仏教では、「俺が俺がという気持ちが強いこと」「思い上がりの心」とされ決して良い意味ではなかったです。

我慢の字よく見ると分かると思いますが、「我に慢心」ということです。

この我慢という言葉を使う時には、気をつけないといけないですね。

色々な苦労があったとしても、我慢しているなんて言葉は使わないで、辛抱している、耐え忍んでいると使いましょうヽ(^o^)丿

それの方が言葉としても適切ですね。

心にグッと刺さります。

★「言語道断」の意味

言語道断とは「もってのほか」「あまりにひどくて言葉にならない」のように今では使われています。

普通は悪い意味で使われていますが、仏教ではどうなのでしょうか ?

スポンサーリンク

仏教では、 悟りの境地や深い心理は、言葉や文字では言い表せないことをいいます。

う~ん ・・・なんだか全く違いますね。

「言語道断だ!!」何て叱られても・・・仏教から来ている元の言葉の意味を考えるとわかんなくなってしまいます(>_<)

私叱られてる? 褒められている?

もう、わけわかんない!!

お願いだから「言語道断」なんて言葉は使わないで~!!

★ 「他力本願」の意味

他力本願は、他人の力をあてにしたり、他人まかせという意味で使います

「他力本願で優勝できた!」これは相手のミスを誘い優勝に導いたということで、自分たちの力ではなく相手のミスで勝利ができたというあまりいい気持ちではない優勝。

「他力本願で儲ける」など 、他人の努力により自分が儲ける 。

あまりいい意味の言葉ではないです。

しかし、仏教では、全ての人を救わなければならないという、阿弥陀如来の願いの働きをさします。

なんだか、どんどんわけがわからなくなってきましたね。(^-^;

まとめ

仏教が起源の言葉、どこでねじ曲がってしまったのでしょうか?

言葉は、慎重に使わないと・・・と感じますね。

へぇ~なるほどと思うことがたくさんあります。

仏教が起源の言葉を、楽しんでいただけたでしょうか?

エッ? かえって混乱してしまいましたか~それは申し訳ない(^-^;

■次回の記事はこちらから

仏教に由来する言葉「方便」「ありがとう」「おかげさま」「大丈夫」現代の使い方とは違う?

■前回の記事はこちらから

日常に使われている意外な仏教用語 「言葉の不思」 果報は寝て待て?

スポンサーリンク