神宮寺は、高野山の女人禁制に対し、女性も参詣ができたので「女人高野」と呼ばれる。

神宮寺は、高野山の女人禁制に対し、女性も参詣ができたので「女人高野」と呼ばれる。

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神宮寺は、女性も参詣ができたので「女人高野」と呼ばれている。

境内は広く姿見の池はとても美しいです。

この池のあたりで、イモリちゃん取りをしていました。

「丹生大師」を守っていたイモリさんとは知らず、我が家に持ち帰ってしまっていました。

「丹生大師」さん!申し訳なかったです(-_-;)

「丹生大師」は高野山の対面桜と同じように、弘法大師空海さんとの対面石があります。

その石には表情があり、なんとも不思議な石です。

高野山を思い浮かべることができる「丹生大師」さんです。

おはようございます。

私は仏教の大学で学び、今は仏教と書道を楽しく学んでいます。

弘法大師空海さんに関係のある高野山・伊勢神宮の近隣のパワースポットを探して

パワーを頂いています。

スピリチュアルなことが好きな、聖佳と申します。

この記事では、女性も参詣ができた神宮寺「丹生大師」を紹介しています。

この記事が、あなたにとって少しでも役に立つことができれば幸いです。

■前回の記事はこちらから

弘法大師空海さんのゆかりのある神宮寺「丹生大師」「女人高野」に生息するイモリ

神宮寺縁起

杖の後が刻まれたといわれていますが・・・顔に見えませんか・・・

弘法大師は今から1200年ほど前にこの地を訪れたとされています。

弘法大師が丹生神社の鳥居をくぐったその時、目の前に丹生都比売は現れ、神宮寺へと案内し

たとされています。

弘法大師と出逢い、そして高野山に導いた丹生都比売。

出逢ったとされる場所には弘法大師の杖の痕跡が対面石に刻まれています。

正式には「女人高野丹生山神宮寺成就院 (真言宗三階派)と言い、地元の人々には「丹

生大使」として親しまれています。

創建の歴史を辿ってみると、宝亀5年(774年)弘法大師の師匠である勤操大徳が開山

しています。

その後時を経て、弘仁四年(813年)弘法大師空海さんが伊勢神宮御参拝の途中、この地

を訪れた際に来山され、御自分の師の開創された寺である事を知リました。

その時に「我は高野の聖地に、真言密教の根本道場を創立する誓願を建てているが、まず

この地に諸堂を建立し、庶民の苦悩を救わん」と言われ、弘仁六年(815年)に至って七

堂伽藍を建立完備されたということです。

(不動堂・鐘楼堂・閣魔堂・地蔵堂・観音堂・薬師堂・大師堂)。

古くから「丹生水銀」 の産出地として富裕であったこの地は、中世に入ると一段と隆昌

し、近世には「丹生の在家一千軒計り有りて民屋富みたる景気なり(勢陽雑記)」とある

程になりました。

また、寺も江戸時代中期頃には現在の寺観が整いました。

大師堂の御本尊である「弘法大師像」は御大師様四十二歳の自画像で、寺院内の池に御

姿が写され、「衆生の厄除と未来結縁」のために御大師様自らが刻まれて安置されたもの

です。

二度の兵火にも無事免れているのです。

やはり、空海さんに守られているのでしょうか。

丹生の概要

小雨が降っていましたが・・・でも美しかった!(弁天堂)があります

「丹生」は水銀の産出地として古くから知られていました。

「続 日本記」実は伊勢の国から水銀が献上されたと記載されています。

古代の日本で使われた水銀の多くが、この地で採掘されたと言われています。

また、和歌山別街道沿いの宿場町として、神宮寺の門前町としても栄えました。

空海さん=水銀というイメージがありますね。

本堂

本堂(観音堂)は延宝年間(一六七三~八一)に建立されたとみられています。

構造形式は桁行四間、梁間三間、入母屋造り、本瓦葺き、妻入りで南面建ちです。

この堂は近世初期の真言宗仏堂としての正統的技術が保持されています。

丹生神社

御神木

丹生大師に隣接する丹生神社は古くから雨乞い祈願の社として信仰されてきました。

延喜式神名帳に記される由緒ある神社で、椰子の木を御神木としています。

弁天堂

丹生大師境内内に弁天堂があります。

七福神のひとりで紅一点の女神ですね。

福徳や芸能の神様です。

大師堂 (寺宝 弘法大師像)

大師堂(御影堂)は天正十八年(1590)に良心によって建立され、貞享年間(1684~88)

頃に文堯によって再建されました。

構造形式は桁行三間、梁間三間、宝形造り、桟瓦葺き、南面建ちで正面に一間向拝を付けています。

大師堂は霊廟建築としての伝統に忠実であり、近世初期の遺構として、当寺堂宇群を代表する枢要な存在です。

小丘頂上に位置していて、宗廟に相応し<環境は一段と静寂であり、清浄の雰囲気を醸し出しています。

文殊堂

知恵を授かりますようにと、いつまでもボケない頭でいられますようにお願いしてきました。

最近、ブログを書くのに、文字の打ち間違いが多くなり時間がかかってしまっています。

歳は取りたくないね~(>_<)

護摩堂 (不動明王像)

鐘楼

護摩堂(不動堂)は宝暦十三年(1763)に示寂した了泉代の建立です。

構造形式は桁行三間、梁間三間、入母屋造り、本瓦葺き、妻入りで小型の仏堂となってい

ます。

然し堂内は護摩壇を設けるために奥深く取り、高く広い空間を造っています。

客殿 (大日如来座像)

客殿(書院)は寛永十三年(1636)に長野九左衛門による寄付があり、同十九年(1642)

の天井入用覚書があるので寛永年間(1624~44)に建立されたとみられています。

構造形式は桁行実長六間半、梁間実長六間、入母屋造り、本瓦葺き、妻入りで南面建ちで

す。

また、間取りは二列三室の六室構成とし、更に妻入りとしたことで奥行が深くなり、三列

目の室を加えて都合九室構成となっています。

この客殿は密教寺院の客殿の伝続を忠実に踏襲してあり、このお寺の講堂の内でも由緒が

最も古い。

そしてその端麗な姿形は境内地自然全容との調和を又、仏閣全体の均整美を構成する上で

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重要な役割を果たしています。

仁王門

今修復中なのでパンフレットです

仁王門は四十六代宿線によって建立されているので、正徳三年から享保八年(1722~23)の

在任中に建立されたとみられます。

構造形式は三間二戸の楼門、入母屋造り、本瓦葺き、西面建ちです。

全体として建ち高く、軒の出が深いため、雄大な印象を与えています。

下層ならびに上層の中央では中備に蟇股を置き、通し肘木の間に二連の巻斗を二段に配するな

ど組物への工夫が認められます。

近世中期以後の多くの建築が彫刻を多用する中で、ここでは腰組、軒組などに創意を凝らすこ

とで古式を遵守し、正統的な伝統を継承してあり、後世に残すべき貴重な楼門といえます。

仁王門は仁王像が見どころ (修復中)

仁王門は左右に阿形吽形二体の仁王像、そして四天王の内の持国天、多聞天の四体という

大変珍しい形で配置されています。

とても雄大な印象がします。

しかし、残念なことに仁王門は修復中なので2019年の10月頃まで見ることができません。

来年、立派な仁王門ができますので、その時に参拝に訪れてくださいね。

姿見の池には睡蓮の花と人に慣れている鯉が見どころ

一面に睡蓮の花が咲くとまた違う景色の巡り合えます

気配を感じると寄ってきます

御大師様が自画像を自らが刻むために御姿を映したとされる姿見の池。

水面を埋め尽くす睡蓮の花は、カメラマンには格好の撮影場所となっています。

6月下旬ごろが、一斉に花を咲かせるので見事です。

池には鯉もいて、池を覗くと近くに寄ってきます。

とても可愛いいです。

薬師堂は西国薬師四十九霊場三十五番札所

御本尊の「薬師瑠璃光如来」を祀る薬師堂。

西国薬師四十九霊場三十五番札所となっています。

空海さんと六地蔵さん

六地蔵さんの後ろのところを登っていくと、大師堂の所に行きます。

登りきったところにお稲荷さんがありその奥に八十八か所の札所のお地蔵さまが飾ってあります。

さらに奥に行くと丹生都姫神社があります。

お稲荷さんです

丹生都姫神社

敷地内には丹生都姫神社も鎮座されています。

丹生都姫神社は、この地が古代より、丹砂の産地であったことと深い繋がりがあります。

さらに丹生都姫は天照大御神の妹神と言われています。

伊勢神宮~高野山~丹生大師みなご縁があり繋がっています。

不思議なものですね。

ご縁のあった人は、大切にしていかないとね(^_^)

他にあるもの、ちょっと変わったもの

前に立つと、水が出ます。 節水になっていいですね。

参道にあります

少し隠れたところにあります

参道に堂々とあります

丹生大師さんの前にちょっとしたお店があります。(ふれあいの館)

年中・月並み行事

初大師    1月21日

星祭祈祷会  2月3日(節分)

彼岸会    3月 (春分)

春季会式   4月21日

仏生会     5月8日(花祭り)

大師稿降誕会 6月15日

彼岸会    9月(秋分)

周期会式   10月21日

しまい大師  12月21日

弘法大師   月例祭 毎月21日

護摩供    8のつく日

8日 薬師如来

18日 観世音菩薩

28日 不動明王

写経会    毎月第一日曜  9時~11時

御祈祷    (開運厄除け・学業成就・交通安全・健康祈願など)

お問い合わせ

丹生大師「仁王門」

女人高野・ 丹生山「神宮寺」

〒519-2211

三重県多気郡多気町丹生3997

TEL 0598-49-3001

交通  勢和多気インターより車で5分  山門横に無料駐車場あり

■立梅用水

江戸時代の地士・西村彦左衛門の計画により延べ247000人の尽力によって造られた全長30

km に及ぶ農業用水です。

この用水のおかげで稲作が盛んになり、窮乏が救われました。

農業用水だけでなく防火用水や生活用水、全国的にも例のない用水による水力発電用にも利

用されています。

大師の里・彦左衛門のあじさいまつり

紫陽花が見頃を迎える毎年6月に「大師の里・彦左衛門のあじさいまつり」が開催されま

す。

1万本以上の紫陽花が咲き乱れる緑豊かな里を舞台として催される「水土里((みどり)

の祭典です。

楽しい催し物がたくさんあります。

田んぼの綱引き、田んぼのコンサート、立梅用水ボート下り、立梅用水ます釣り

などがあります。

まとめ

とても気持ちが穏やかになります。

見どころも、たくさんありますので、来年、伊勢神宮参拝に見えましたら

ぜひ、寄って見てはいかがでしょうか。

立派な新しい、仁王門を見ることができます。

御朱印頂いてきました

立派な字で書かれていると、やはり、嬉しいですねヽ(^o^)丿

■次回の記事はこちらから

いまさら聞けない「仏事の話」嘘!!本当!!(仏壇は死者を祀るところ)

■前回の記事はこちらから

弘法大師空海さんのゆかりのある神宮寺「丹生大師」「女人高野」に生息するイモリ

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