高野山の聖地の周辺の見どころ(七福神の隠れているパワースポットのお寺あり!)

高野山の聖地・周辺の見どころ(七福神の隠れているパワースポットのお寺あり!)

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高野山のパワースポットお寺にて、七福神めぐり!

七福神は、空海と仲たがいをした最澄が、比叡山にてヒンドゥー教の神様である大黒天を神として祀ったことが起源とされています。

最澄も仏教の世界で活躍した人物ということがわかりますね。

高野山にある七福神のお寺について、この記事で紹介しています。

おはようございます(^_^)

私は仏教の大学で学び、今は仏教と書道を楽しく学んでいます。

スピリチュアルなことが好きな、聖佳と申します。

色紙に七福神の御朱印を頂いてきました。

パワーが集まった色紙です。

何かいいことが、ありそうな予感がします!

■前回の記事はこちらから

高野山の聖地 周辺の見どころ(大師教会)

高野山のパワースポット寺で、七福神巡り!

七 福 神 の 由 来

七福神とは、大黒天(だいこくてん)、毘沙門天(びしゃもんてん)、恵比寿(えびす)、寿老人(じゅろうじん)、福禄寿(ふくろくじゅ)、弁財天(べんざいてん)、布袋尊(ほていそん)の七つの神様です。

七福神を参拝すると七つの災難が除かれ、七つの幸福が授かると言われています。

いいことがたくさんですね。

七福神の信仰は、室町時代の末期のころより生じ、当時の民間信仰により最も完全な形となりました。

宝船に乗った七福神がよく描かれていますね。

お正月には初もうでをかねて、七福神巡りが行われるようになっていました。

欧米の人々は、宗派や教義の違いには神経を使っています。

自分の考えや理屈に合わないと、他の神々を拝したりすることは先ずないです。

しかし、日本人は気軽に多くの神や仏を祀ったりします。

私たち日本人は、一軒の家に神棚を飾り、仏壇を置き、台所には荒神様(かまどの神様)を祀っています。

ほかの国の人から見たら非常に不思議光景でしょうね。

これは、私たちの先祖がすべての自然を神格化して、田神、水神、樹精、海上、山の神、人間にとって、都合の良い神を創ってきた歴史的環境があるのでしょうね。

それが、情緒を大切にする日本人の良さかもしれませんね。

①高野山では本覚院に大黒天(だいこくてん)インド由来の神様

本覚院は尾張徳川家ゆかりのお寺。

大黒天は、一度仏となったが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたといわれています。

大地を掌握する神様(農業)でもあります。

大黒頭巾をかぶって大きな袋を肩にかけ、打出小槌をもち、米俵の上に乗っている姿が馴染み深いですね。

金運招福、家内安全、子孫繁栄、五穀豊穣、商売繁盛、福徳開運の神様として信仰されています。

本来はインド仏教の守護神で、かなり恐ろし気な姿の戦闘の神様でした。

大黒天はヒンドゥー教の神様であり創造と破壊をつかさどるシブァ神の化身であるマハーカーラ神様に由来しています。

マハーカーラが日本に伝来した後、日本神話に登場する大国主命(おおくにぬしのみこと)と一体化して誕生したのが大黒天です。

②高野山では本覚院に弁財天(べんざいてん)インド由来の神様

本覚院は尾張徳川家ゆかりのお寺。

弁財天は、七福神のなかの紅一点の女神さまです。

琵琶を奏でる姿で描かれている女神です。

ヒンドゥー教の水神サラスバティーに由来しています。

元は水の神であったが、やがて技芸の神、言語の神となり日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。

その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収され弁財天といわれるようになり、学徳成就、諸芸上達、福財、知恵を授けてくださる神へとなりました。

③高野山では熊谷寺に恵比寿神(えびす )日本由来の神様

熊谷寺は熊谷次郎直実、浄土宗法然上人ゆかりのお寺

七福神中で唯一の日本の神様。

釣り竿を持って鯛を抱えたおめでたい姿。

日本の福の神の代表格ですね。

いざなみ、いざなぎの子といわれ、蛭子命(ひるこのみこと)でありましたが、生まれた時から不具で歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまいました。

なんてことをするのでしょうね。

漂着したところで、浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、信仰のはじまりと伝えられています。

水と縁があるとされています。

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豊漁をもたらす漁民の神、あるいは航海の神として祀られていましたが、後に「市神」としてのほうが強くなり、七福神の中では、特に商売繁盛、に御利益があるとされています。

④高野山では熊谷寺に布袋尊(ほていそん)中国由来の神様

熊谷寺は熊谷次郎直実、浄土宗法然上人ゆかりのお寺

布袋は実在した人物であり中国の僧である契此(かいし)といわれています。

太鼓腹を突き出した異様な体で、日用品の一切合切を入れた大きな袋を杖にくくり付けていました。

布袋尊は、弥勒菩薩の化身であったともいわれています。

大量や子宝、そして人格形成、富貴繁栄などの御利益があります。

いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、契此(かいし)は、布施を受けた時にお礼に、その人を占ってあげていました。

とても当たるので信頼が寄せられたと言われています。

⑤高野山では恵光院に毘沙門天(びしゃもんてん) インド由来の神様

恵光院は阿字観修行道場のお寺

毘沙門天は、ヒンドゥー教の財宝の神であるクべーラが前身です。

毘沙門天は、インド仏教の四天王のうち、北方守護に当たる神で別名「多聞天」といいます。

七福神の中で、唯一の武将の姿をしていて、右手に宝棒や槍をもち、左手に宝塔をささげている。

足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。

足の下の邪鬼は、面白い顔をしていますね。

中門の邪気も表情が面白いです。

中門の柵の中を覗いてみてください。

鎧を身につけ矛を携えた姿が特徴、財宝を守る神様です。

七福神の中では、異色な雰囲気っを漂わせている。

学力向上、開運招福、出世祈願の神として信仰されています。

⑥高野山では宝善院に寿老人(じゅろうじん)中国由来の神様

宝善院は小堀遠州作庭、銘園のお寺

中国の道教の神様で「生」を司る南極老人星(カノープス)の化身とされています。

寿老人は、福禄寿から特に長寿を司る役割が分離されたものです。

白髪白髭の老人です。

白く長いひげを生やして頭巾をかぶり仙人のような姿であらわされていることが多い。

延命長寿、幸福長寿の神様です。

にこやかな微笑みをたたえ、手には寿命を記した絵巻物を括り付けた杖、そして難を払う団扇を持ち、1500年の年を経た鹿を従えた姿が一般的に知られています。

⑦高野山では宝善院に福禄寿(ふくろくじゅ)中国由来の神様

宝善院は小堀遠州作庭、銘園のお寺

福禄寿は、中国道教による福(子孫繁栄)禄(財産獲得)寿(長寿)の思想が日本に入ってきて、仙人信仰などと融合して神格化されたものです。

縦長な頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳といわれています。

鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。

招徳人望の神様として信仰されています。

高野山七福神めぐり!お寺詳細!

高野山のお寺での七福神は色紙に書いていただけます。

一番最初に参られたお寺で、色紙を購入してください。

御朱印をすべてはじめから書いてあるのもありますが、私はそれぞれのお寺で書いてほしかったので、無地のを購入しました。

全て書いてあるのは¥3000です。

無地は¥900です。しかし、御朱印を7つ書いていただくので¥300×7=¥2100 合計は同じ¥3000になります。

七福神のお寺は、みな近くにあるので歩きでOKです。

記事を読んでもらったらわかりますが、お寺は4ヵ所のみです。

1ヶ所で2人の神様が祀られているお寺があるからです。

まとめ

色紙の中に、一つ一つ御朱印が増えていくのが、とても楽しかったです。

お寺の中も、飾ってある絵や置物など立派なものがありました。

お寺で、神様の祀られている部屋に案内していただき、ゆっくり拝ませていただきました。

それでは、あなたも高野山の七福神で幸運をつかんでください!

今日も、一日あなたにとって良い一日になりますように(^_^)

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高野山の聖地・深い関わりのある丹生都比売神社とは?

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