高野山の聖地と、周辺の見所(親子の数奇な運命!)苅萱堂

高野山の聖地と、周辺の見所(親子の数奇な運命!)苅萱堂

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苅萱堂は金剛峯寺から奥之院に向かう道にあります。「石童丸物語」の縁の場所として有名です

大堂内には親子地蔵尊を祀り、苅萱親子一代記の彫刻画を額に入れて飾られています。

彫刻画はより詳しく、物語を語っています。

苅萱道心(かるかやどうしん)と石童丸(いしどうまる)の話は、悲話として広く知られています。

このお堂は苅萱道心が出家し、実の子である石道丸とともに父子を名乗ることなく仏道修行に明けくれたと伝えられています。

平安時代の悲しい親子のことについて詳しく、この記事で解説します。

こんばんは~(^_^)

私は、仏教の大学で学び、今は書道と仏教のことを楽しく学んでいます。

スピリチュアルなことが、好きな聖佳と申します。

■前回の記事はこちらから

高野山の聖地と、周辺の見どころ (女人堂)

この親子の数奇な運命!

この親子は離れては 出会い、また離ればなれになりながらも、のちには親子地蔵としてその絆の深さを、讃えられました。

なぜ、苅萱道心は石童丸に自分が父であることを言えなかったのか?

春の遠乗りで、美しい女性に一目惚れ!

筑紫(つくし)のくに六ヵ国を納める加藤左衛門繁氏(かとうさえもんしげうじ)という人がいました。

ある日、馬で遠乗りを楽しんでいました。

のどが渇いたので近くに家はないか探していたところ、とてもみすぼらしい家でしたが、そこで水を頂くことにしました。

これが、運命の出会いになります。

繁氏はお茶を出した娘があまりにも品がよいので気になり、いろいろ聞いてみると繁氏の父と、この娘の父は友達であったことがわかりました。

朽木尚光(くちきなおみつ)の姫君(千里)で自分たちは家来である介保夫妻であることを伝えました。

繁氏は館の帰っても千里のことが忘れられませんでした。
それどころか、日増しに千里への思いが募っていきました。
時々、会いに行くようになりました。

繁氏は千里をそばにおきたいと思いました。

繁氏は、正妻の桂子(かつらこ)がいるので作戦を考えたようです。

言い訳が立つように、自分の父親と千里姫の父親が友達であったこと、その父が亡くなった後に家来たちが横暴になり、今はあばら家で暮らしている
あまりにも哀れなので、館で引き取ってやりたいと妻の桂子に相談をしました。

自分が一目ぼれしたことは隠したままで・・・。

桂子は相談されれば、ダメとも言えず了承しました。

「繁氏さん!桂子さんは気づいていますよ!」
恐ろしいことが、始まるのが目に見えていますが・・・。

嫉妬心がメラメラ沸き起こる女心!

またまた、繁氏さん困ったことをやっちゃいました。

桂子さんにこんなことを打ち明けました。

「私は決して色に迷ったわけではない。亡き父の親友の一族が落ちぶれているから、救ってやったのだよ。良い人が現れたら嫁入りさせるつもりだ。そなたもどうか妹として見てやって貰いたいと」

いつの世も男性は、同じだな~と笑いが込みあがってきました。

女性は、そんな嘘には騙されませんよ!

むしろ、自分が好きであるのを打ち明けてしまいましたね。

やはり、事件勃発です。

お互いの女中たちが喧嘩をし始めて、そのうち奥方を怒らせるように千里姫が奥方様の悪口を言っていると嘘をつくようになりました。

繁氏は仲良くしてほしいので、二人で琴合わせをしてほしいと頼んだのでした。

琴の音が聞こえてきたので、ホッとして二人の場所に行くと、二人の美しい影が見えました。
しかし、その二人の髪の毛の影がたくさんの蛇になって戦っているのです。

繁氏は、人はうわべだけではわからない、心の中では憎しみ合っているのに気が付きました。

この時、繁氏は自分の愚かさが招いたことなので許してもらうためには、お坊さんになって心を清めるしかないと考えました。

武士を捨てて、お坊さんになるため誰にも気づかれないように夜のうちに館を出ました。

これが、また大きな災いを呼ぶことになります。

繁氏の家来、早足(はやたり)の苦悩!

繁氏が誰にも言わず姿を消したので、桂子の疑惑がどんどん深まり、さらに女中たちが「奥方様、あなたさまがあんまりおとなしくいらっしゃいますから、殿様が勝手な真似をなさるのです。あの千里とやらを 本妻にして、あなた様をご隠居にしようとしているのです。」
などと根も葉もないことを桂子に焚き付けたのでした。

桂子は冷静さをなくしてしまいました。

そこで、家来の早足を呼んで、とても恐ろしい顔で唇も震え、千里姫を切るように命じたのです。

桂子様は、本当は優しい人なのに、早足は悲しみでいっぱいになったのでした。

しかし、命令は聞かなければいけなので早足は自分の覚悟を、女房に告げました。

早足は千里姫の館を訪ねました。。

そして千里姫の家来を集めて、事情を正直に話しました。

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そうしたところ、千里の家来の介保が小刀を自分の脇腹にさして、このようになった原因は自分にも責任がありますから自害します。
この首を桂子に差し出してくださいと言ったのでした。

そんなことを望んでいなかった早足はびっくりしましたが、この弔いは私がしましょう、どうか穏やかに成仏してくださいといい南無阿弥陀仏を唱えながら介保の首を撃ち落としました。

身代わりの首は、誰の首!

介保のことを襖の向こうで聞いていた、呉羽(くれは)という千里の腰元が喉をついたのです。

驚いてどうしたのかと千里が聞くと、呉羽は千里と似ている自分が身代わりになりますから、この首を早足殿に持って行ってもらいたいと云いました。

千里姫はみんなに慕われていたのでしょうね。

早足は、千里姫に人目に触れないところに逃げてほしいと伝え、呉羽の身代わりの首をもって、早足は急いで帰館しました。

それを待ち望んでいた桂子は確認をして、いつも桂子をそそのかす女中にまで見せました。

女中はまた一言、「おめでとうございます、これであなた様はご安泰です。」

桂子はこの言葉により「祝いの宴でもいたそうか」と言ったのです。

繁氏はこの光景を、物陰からそっと見ていました。

桂子の変わりように、自分の罪の深さをまた感じたのでした。

世を逃れて、仏道を求め続ける・・・

繁氏は博多から比叡山につき、お寺に身を寄せることにした。

一心不乱に仏道を勉強した。

しかし、ここでも他のお坊さんたちにねたまれ、他のお坊さんたちが繁氏を追い出すため悪だくみを考えるようになったので、そんなことをさせてはいけないと、ここを出て今度は高野山を目指すことにしました。

望みかなって、高野山でお坊さんとなり、その名も等阿坊(とうあぼう)となのり、苅萱堂といういおりを結んで修行に励みました。

石童丸の誕生

館を追われた千里姫は、その後、家来の介保の妻の雲井とともに、無事に大山寺(だいせんじ)へ身を隠し、穏やかな生活をしていました。

千里姫は元気な男の子を生み、名前を父親の幼名そのままいただくことにして、石童丸と付けたのでした。

石童丸はすくすく育ちました。

そんな時、繁氏に仕えていた早足にばったり会いました。

奥方様の桂子は繁氏が帰らないので、狂い死にをしてしまったとのこと。

石童丸は早足から自分の父のことを聞いて会いたくなりました。

父はいずこに・・・石童丸と母の旅

石童丸は14歳になって、旅もできるようになったので、母と子は父に会いたい一心で野をこえ山をこえ、歩き回りました。

ある日、茶屋で休んでいたら、繁氏の噂を聞きました。

高野山にいるらしいということなのです。

玉屋という宿に泊まり、高野山に参詣することを話すと、高野山は女人禁制なので女性は山に登れないことを知りました。

ここまで来たので、石童丸は自分一人でも父親を捜してくると出かけました。

何日も探せなかったのですが、ある日一人のお坊様にあったのですがその人こそ父親の繁氏でしたが、石童丸は一度もあったことがないのでわかるはずがありません。

繁氏はその人はもう亡くなったと伝えました。

お墓も教えてもらい、お墓の前で一目でもお会いしたかったと泣き崩れてしまいました。

女人禁制ではなく女性も登れたらこんな悲話にはならなかったのに、皮肉なものですね。

石童丸はこのお坊様とわかれて、母の元に戻りましたが、母親も心労で亡くなってしまいました。

石童丸の出家

一人ぼっちになってしまった石童丸は、高野山の戻って事情を話し、苅萱道心の弟子になりみ仏に仕えることにしました。

石童丸は出家して、名を上乗坊信生(じょうじょうぼうしんしょう)と改めました。

繁氏は石童丸に亡き父の供養に地蔵尊を二人で刻むことを提案しました。

二人は光明真言(こうみょうしんごん)を唱えながら、心を込めてお地蔵さまのお姿を刻んでいました。

いつしか、世の人々はこれを親子地蔵尊と呼ぶようになりました。

終わりに

男女の縁はこじれてしまうと、とても怖い憎しみの塊になってしまいますが、親子の縁は切っても切れないものがあるということですね。

高野山の女人禁制がなければ、千里がお坊さんに会うことができて繁氏であることがすぐわかったのにと思いますね。

そして石童丸は父と初めて会うことができて運命は変わっていたことでしょう。

しかし石童丸は、途中で自分の父が苅萱道心であると気づきましたね。

良かったです。

なぜ苅萱道心は石童丸に自分が父であることを言えなかったのか?

これには、石童丸に知られたくない、男女のもつれ、人間の醜さ、仏道に専念できなくなるとの懸念からではないでしょうか。

御朱印いただいてきました。

■次回の記事は

高野山の聖地と周辺の見どころ(高野山霊宝館)

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高野山の聖地と、周辺の見どころ (女人堂)

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