高野山を開創した弘法大師空海は、総本山を金剛峯寺と名付けた

高野山を816年に開創した空海は、この総本山を金剛峯寺と名付けた

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高野山真言宗の中枢ともいえる金剛峯寺。

豊臣秀吉は亡き母の菩提を弔うために、青巌寺を建てさせました。

かつては天皇や皇族、高野山の重職など高い身分の人しか通れなかったという正門をくぐり、金剛峯寺の中を拝観しました。

こんにちは

私は仏教の大学で学び、仏教と書道を楽しみながら学んでいます。

聖佳と申します。

この記事では、高野山を訪れたらぜひ見ておきたい、金剛峯寺について紹介しています。

石庭の蟠龍庭(ばんりゅうてい)と大広間の絵など素晴らしかったです。

そして、豊臣秀次が切腹した柳の間があります。

テレビでは、時代劇で切腹の場面などを見ていますが、実際この場所で切腹・・・と考えると、まじまじと見てはいけない気がしました 。

ここは拝観は有料です。大人500円で小学生は200円です

(未就学生)は無料です。

駐車場は無料で金剛峯寺の目の前にあります、トイレもすぐそばにあります。

時間は午前8:30~午後5:00まで(受け付けは午後4:30)

金剛峯寺だけでも、見応えがあります。

前回の記事を読みたい方はこちらをどうぞ

■前回の記事:弘法大師信仰の中心地である奥之院の一日

豊臣秀吉が建てた青厳寺(せいがんじ)を金剛峯寺に

「金剛峯寺」という名称は、弘法大師空海が経典の「金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経」(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょ)というお経より名付けられたと伝えられています。

1593年豊臣秀吉は亡き母の菩提を弔うため、木食応其(もくじきおうご)に寺院を立てさせました。

そこに母の剃髪が納められたことから「剃髪寺」と呼ばれていましたが 、後に「青厳寺」と改称されました。

そして、青厳寺と並んで建てられたのが興山寺(こうざんじ)です。

その後、明治時代に青厳寺と興山寺が一つの寺になり、現在の高野山真言宗総本山金剛峯寺が誕生しました。

金剛峯寺も再三の火災に見舞われたため主殿も1863年に再建されています。

■金剛峯寺の正門の二つの紋?

まず、正門の提灯に目が奪われました。

右と左の紋が違うのです。

金剛峯寺では、この紋の違いが印象に残りました。

二つの紋については深い意味がありました。

向って右の紋は「三頭右巴」(さんとうみぎともえ)で高野山の鎮守・丹生都比売神社の紋です。(通称は天野神社 )

向かって左の紋は「五三の桐」は豊臣秀吉の青厳寺の寺紋です。

一般的には寺紋は一つですが金剛峯寺は二つで寺紋とされてい
ます。

丹生都比売神社の丹生とは水銀のことで この神社は水銀の神様で、空海を高野山に導いた神様でもあります。

水銀の取れるところは、主に火山地帯や温泉地域の熱水鉱床に産出されます 。

ということは、空海伝承にある地を杖でつついた所には温泉が出るというのは・・・?

もしかして、密教の魔術でもなんでもなく、どこをつついても温泉が噴き出る所だったのでは?

これも、空海の頭の良さで計算ずくだったのでしょうか?

それにしても、高野山をここまで発展させたのには間違いないのです。

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さすが空海ですね。

丹(水銀)は防腐効果と不老長寿の薬として使われていました。

不老長寿? 私には丹(水銀 )は水俣病健康被害 を思い浮かべてしまいます。

この水銀には、ハイリスク、ハイリターンがあるということですね。

しかし、朱色は魔除けや、不老長寿を象徴しますので、私は好きな色です。

■檜皮葺の屋根をもつ立派な主殿

48295坪の広大な境内で目についたのが、大きくどっしりした檜皮葺(ひわだぶき) の屋根です。

そしてその上に乗っている桶は何なのでしょうか?

この桶は天水桶(てんすいおけ)といって、雨水をためておいて火災の時 に使うそうです。

これは高野山がよく火災にみまわれるからでしょうか。

門の右側には青厳寺の鐘楼(しょうろう)があります。

■襖絵と豊臣秀次が自害した柳の間

重要な儀式や法要などが行なわれる大広間があります。

この大広間の襖の鶴と松の絵は狩場法眼元信が描いたと言われていますが、作風から雲谷等顔(うんこくとうがん)の弟子で、

斉藤等室(さいとうとうしつ)が描いたようです。

力強い筆勢で、鶴の躍動感に圧倒されました。

すぐ奥の持仏間(じぶつま)には本尊の弘法大師空海の坐像が安置されています。

そのまま進み西隣の梅の間に行きます。

ここには、梅月流水(ばいげつりゅうすい)の襖絵があります。
ここでの、欄間の細工も素晴らしいです。

次は、いよいよ豊臣秀次が自害した「柳の間」があります。
山本探斉の柳鷺図(りゅうろず)が描かれています。

仏教信仰以外にも、水墨画、書道、日本画などをしている人達にも、勉強の場になりますね。

■雲海と龍を感じられる石庭と巨大台所

石庭としては我国最大の庭です。

2340㎡もある石庭、蟠龍庭(ばんりゅうてい)は四国産の青い花崗岩(かこうがん)を140個使っています。

雲海の中 で雌雄猪一対の龍が、奥殿を守っているように表現されています。

とても穏やかで力強く美しかったです。

印象深かったのが、今も活躍する台所。
巨大な釜、黒くすすけた柱がありました。

一度に2000人分炊ける二石釜(にこくがま)がどっしりと構え
ていました 。

この台所には、神様である三宝荒神が祀られています。

そして、中刷りになった棚があり、なんだろうと思っていたら、食品を保管する場所ということです。

ネズミから食品を守るためらしいです。

なるほど!ネズミはどう考えても、そこにはたどり着けません。

ここは、昭和30年代に和歌山県指定文化財に指定されています。

とても、清潔に保たれていました。

以前に頂いていた素敵な御朱印です。

今日も一日、あなたにとって良い日でありますように(^_^)

■次の記事はこちら

奥之院と並ぶ高野山の聖地、壇上伽藍は真言密教修禅の場(①中門と②金堂)

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弘法大師信仰の中心地である奥之院の一日

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