世界遺産、パワースポット奥之院の一日

弘法大師信仰の中心地である奥の院の一日

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弘法大師信仰の中心地である奥の院

その中でも最も奥に位置する御廟(ごびょう)は、今も弘法大師空海が人々のために瞑想を続けています。

長い年月を経てもなお多くの人々からの信仰を集めています。

ここは、人々にとってかけがえのない聖地になりますね。

その御廟の前にあって、弘法大師空海への燈籠を奉じるべく建立されたのが燈籠堂になります。

ここには御廟を護持し、参拝に来た人々と弘法大師空海をつなぐ 架け橋となって、お祈りをする「行法師」と呼ばれる僧侶がいます。

「行法師」の一日を 記事にしてみました。

おはようございます。

私は仏教の大学で学び、仏教と書道を楽しく学んでいます。

聖佳と申します。

この記事では、高野山の一日を追ってみました。

この記事で、弘法大師空海信仰が脈々と受け継がれているのがわかります。

そして、おすすめしたいのが、「生身供」(しょうしんく)という食事風景を見ることです。

前回の記事はこちらから

■前回の記事:空海が今も生きて祈り続ける奥之院

脈々と受け継がれる、高野山奥の院の一日

3:00~ 1日の始まり

燈籠堂は真然大徳(しんぜんだいとく)によって建立されました。

燈籠堂の朝は早く、人も虫たちもまだ寝静まる午前3時ごろ宿直の行法師が※閼伽水(あかすい)をくむところから始まります。

※閼伽水とは、朝の清らかな水をくみ上げて、仏さまへのお供えや仏器を洗うのに使います。

それが終われば、消えずの日を種火に堂内の灯りをつけ、燈籠堂の一日が始まります。

その後、弘法大師空海へ手拭いを添えた洗面器をお供えして、顔を洗ってもらいます。 少し時間をおいて、それを下げます。

その次に、抹茶をお供えし、その後ほうじ茶や※精進供(しょうじんぐ)など、様々なものを燈籠堂のすべての神仏にお供えしていきます  。

精進供とは根菜を斜めに切ったお供えのこと

包丁を入れることにより調理をしたという意味になり加えて香りを仏さまにお供えするという意味合いをもちます

4:30~「生身供」(しょうじんく)を調理

食事当番の行法師が 御廟橋 手前の御供所にある専用の台所で 、食事の「生身供」を調理します

これは、弘法大師空海が入定した時、弟子たちが供物を集めてお供えしたのが始まりです。

今もなお行法師によってその伝統がまもられています

6:00~ 生身供を運び出す

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生身供を唐櫃(からびつ)に納められ、※覆面をつけた食事当番 、宿直の行法師によって運び出されます。

仏さまへのお供えに 息をかけないためのマスク のようなものです。

維那(ゆいな)という職の僧侶を先頭に※嘗試地蔵(あじみじぞう)に味もをしてもらい、燈籠堂に運ばれます。

※お供えする前に味見をする地蔵のこと

この生身供は、10時30分にも供えられます

かつては、弘法大師空海が入定した寅の刻(午前四時)から朝・昼・晩と三度お供えされていたそうです。

現在は、朝・昼の二食になっています。

燈籠堂に運ばれた生身供 が御膳に乗せられてお供えされ、朝の勤行がはじまります。

ゆったりとした読経がひびきわたります。

お参りに訪れた人々の心を癒しますね。

奥之院に6時に着くのが無理な人は、10時30分からもありますので、ぜひ見られることをおすすめします。

1200年も前から毎日、雨の日も雪の日も欠かさず続けられているのです。

空海さんは、ここにいるのだな~ と感じました。

8:30~受付を開始

先祖の供養や納骨、祈願の申し込み、そのほかいろいろな質問に答えたりします。

最初の窓口となる重要な仕事です。

8:30~燈籠堂で護摩修法 が行われる

燈籠堂で護摩の修法が行われ、前日に申し込まれた護摩祈願のお札をを焚き上げします。

これは毎日欠かさず行われ、参拝された人々の想いを仏様にお伝えしています。

9:00~ 回向供養

受け付けで申し込まれた回向供養が日に数回されます。

この回向供養は参拝された方のご先祖様への思いを行法師が伝えます。

納骨の場合は、回向供養の後に御廟に近い納骨堂に骨を納めます。

16:00~ 下座行、夕方勤行

燈籠堂の 一日がほぼ終わります。

あと、下座行(掃除)をして、夕方のお勤めをします。

御供所裏では施餓鬼供養をして、一日の終わりになります。

17:00~ 御法楽、閉堂

一日の仕事が終わり、行法師が集まり、弘法大師空海へ法楽を捧げます。

そして燈籠堂の一日が終わります。

しかし、宿直の行法師は一人で燈籠堂に泊り込み、大師御廟や消えずの火を守る役目が待っています。

この燈籠堂の入り口に掲げられている言葉があります。

「昼夜に万民をあわれんで 普賢の悲願に住(じゅう)す肉身(にくしん)に三昧を証して慈氏(じし)の下生を待つ」という言葉です。

これは「弘法大師は常にすべてのものをあわれみ、弥勒菩薩が下生されるまで祈って下さっている」という意味が込められています。

奥之院は、弘法大師信仰の源泉であり、今もなお多くの人々が、救いを求めて訪れています。

時代や物事が移り変わっても変わることがないのが、人々の信仰心ですね  。

とても厳かな、パワースポットです。

記事を読んでいただきありがとうございました。

高野山に参拝に行かれた時に、すこしでもお役に立てれば幸いですヽ(^o^)丿

■次回の記事はこちら

高野山を816年に開創した空海は、この総本山を金剛峯寺と名付けた

■前回の記事はこちら

空海が今も生きて祈り続ける奥之院

あなたにとって、良い一日でありますように (^_^)

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