空海は弟子たちに遺言、即身成仏を実現とは !

空海は弟子たちに遺言、即身成仏を実現とは !【835年(62歳)】

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万燈万華会(まんとうまんげえ)とは何をするのか?

空海は自分の死期を悟り、弟子たちに遺言とは?

みずから即身成仏を実現するなんて!

この記事で分かりやすく説明しています。

こんにちは。

私は仏教の大学で勉強してきて、仏教と書道を学んでいます。

聖佳と申します。

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■前回の記事:空海が庶民のための教育機関、綜芸種智院を!

密教の宮中での法要行事とは

832年に高野山の伽藍建築の完成のお祝いに、父母・衆生・国王・三宝に感謝する万燈万華会(まんとうまんげえ)が行われた。

※万燈万華会とは灯明と華を仏さまに供養し、人々の心の望みが叶うよう祈る法要です。

「性霊集」(しょうりょうしゅう)より「もし恵眼(えげん)をもってこれを観ずれば一切の衆生は皆これ我が親なり 」

「現代語訳」すると、もしも仏の知恵の眼で観察するならば、すべての人々は自分の両親であるとみなすことができる。

誰もが自分一人では生きられない皆が親子きょうだいである。

この言葉は四恩の恵みを説いた文です。

四恩は、自分を生かしてくれているすべてのものなのである。

それらに感謝する心から、空海は人々を救いたいと願います。

そして宮中では、1月1日~7日を神事、8日~14日を仏事を正月の
行事が行われます。

7日までは諸行事・節会(せちえ)が行われます。

※節会とは 、天皇が宮中にて諸臣に酒食をふるまう宴会

8日~14日まで後七日御修法(ごしちにちみしゅほう)が行われます。

※後七日御修法とは、国家安泰・五穀豊穣を祈願します。

834年に空海は毎年、真言の修法をしたいと願い出ました。

835年1月、宮中に真言院を設け、後七日御修法がとり行なわれるようになりました。

高野大師行状図画の中の「後七日御修法(ごしちにちみしほう)に描かれています。

廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の影響で一時は廃止されましたが 、明治16年に東寺で再興されました。

この法要は、今でも恒例の行事となっています。

835年2月、高野山の金剛峯寺が定額時になり、朝廷から寺の維持費が支給されるようになりました

<空海の遺言と即身成仏とは >

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空海は、前年度に体を壊してから調子が悪く、万燈万華会を終えたころから、体調が優れませんでした。

自らの寿命がながくないと感じ空海は、真言宗の将来を考え834年~835年にかけて、たくさんの上奏文を朝廷に出しました。

835年、空海は弟子たちを集めて遺言を伝えました。

そして金剛峯寺の経営を真然(しんぜん)に 託しました。

そして、空海は東寺を実慧(じちえ)に、神護寺を真済(しんぜい)に東大寺真言院を真雅(しんが)にゆだね、静養に努めました。

高野大師行状図画の中の「ご遺言」の中に描かれています。

空海の直弟子、十大弟子

  • 真雅(しんが)・・・空海の弟、東大寺真言院をつぎ,のち東大寺別当,
    東寺長者などを務める。
  • 智泉(ちせん)・・・空海の肉親にして霊力と画技に秀でていたた
  • 真済(しんぜい)・・・空海のあとをうけて高雄山と宮中真言院を
    取り仕切る
  • 実慧 (じちえ)・・・ 東寺の長官
  • 真如 (しんにょ)・・・平城(へいぜい)天皇の第3子、高岳(たかおか)
    親王であり、薬子の乱に巻き込まれて、
    出家する
  • 泰範 (たいはん)・・・ 最澄の弟子でしたが、空海の弟子になる。
  • 道雄 (どうゆう)・・・東大寺からの僧
  • 杲隣 ( ごうりん)・・・東大寺からの僧
  • 円明  (えんみょう・・・東大寺からの僧
  • 忠延 (ちゅうえん)・・・高雄山寺の僧
    空海は、人の命には限りがある、無理に生きながらえるものではなという考えです。

11月12日から、空海は五穀を口にしないようになりました。

この日は、まさかの私の生まれた日です。

なんてことなんでしょう~(>_<)

※五穀とは米・麦・あわ・豆・きびの5種類の穀物。

835年3月21日弟子たちに、寅の刻に入定すると伝えました。

※寅の刻とは午前4時頃のこと。

※入定とは仏の世界に入るということ。

空海は、入定して密教の教えである即身成仏を身をもって実現されました。

62歳でした。

高野大師行状図画の中に「即身成仏」という絵があります。

空海が手に智拳印を結び、真言を唱え、心で大日如来を念じると五智の宝冠が現れて光明を放ち大日如来と空海が一体となったとあります。

これは密教でいう「即身成仏」を身をもって示した場面であります。

空海が入定してからも、後世に大きな功績を残したとして、位階が送られています。

857年、文徳天皇は空海に大僧正を与えました。

864年、清和天皇は空海に法印大和尚位を 授けました。

921年、醍醐天皇は空海に弘法大師に諡号(しごう)を与えました。

※諡号とは生前の業績をたたえ、死後に贈る名のこと。

弘法大師空海は「お大師さま」と呼ばれ、宗派関係なく親しまれています。

今もいろいろなところに、弘法大師(空海)ゆかりのお寺や霊場がたくさんあり、お遍路さんたちと(同行二人)二人づれで歩いていらっしゃるのでしょうね。

まだまだ、空海さんの語るところはたくさんありますね。

一言

ゆっくりと自分を見つめなおして、
自分の好きなところを探しましょう

あなたにとって、いい週末でありますように(^_^)

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空海と世界遺産の高野山、魅力とは!

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