空海が庶民のための教育機関.綜芸種智院をつくる!

空海が庶民のための教育機関.綜芸種智院を!【828年(55歳)】

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空海の教育理念とは ?

その時代の学校制度とは ?

この記事で分かりやすく解説しています。

こんにちは。

私は仏教の大学を卒業して、仏教と書道を学んでいます。

聖佳と申します。

弘法大師「空海」の人生は、どれほど人々のために尽くしてきたか、そして教育の根本は何かを伝えています。

お子様を育てていく上で何が大切か見えてくると思います。

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■前回の記事:空海の知識は天賦の才能と努力!満濃池修築

空海は、庶民のための学校を建設

828年、空海は「綜芸種智院」という学校を開設しました。

この学校は、身分を問わず庶民にも教育を受けられる 、誰にでもチャンスを与えるというものです。

空海も、国学や大学に入るのにとても苦労した覚えがあるからでしょうか?

空海自体も大学に入学できたのは、きわめて異例だったようです。

叔父の阿刀大足の推薦により、特例であったのではないかといわれています。

このころは勉強したくても、 有力者の子供だけしか国学や大学に入れませんでした。

このころの教育機関としては、都には大学が地方には国学がありました。

大学の条件は、13歳以上、16歳以下の聡明な人材で、大学には5位以上の貴族の子孫であるということでした。

しかし、6位以下であっても国学に入っていい成績をおさめれば、大学への入学を許可されることもあるという事です。

当時の大学は、官史養成のための国の機関で、都に設置されていました。

空海の、「綜芸種智院」では勉強したい者はどんな身分の低いものでも受け入れるというものでした。

さらに、学費や食事の面でも援助をしました。

貴族の藤原三守(ふじわらのみもり)が空海の考えに賛同し協力してくれました。

東寺のそばにあった、三守の屋敷内に建設されたのでした。

綜芸種智院では、あらゆることを教えました。

仏教以外にも法律・工学・医学・天文学・音楽ありとあらゆるものです。

空海の教育の機会平等の考えは、現代でも通じる考えです。

綜芸種智院は資金難と後継者がなく、空海が亡くなってから廃止に追い込まれてしまいました。

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東寺の境内には綜芸種智院跡の碑が建てられています。

現在の種智院大学(京都市伏見区)は、空海の綜芸種智院の伝統を継いで設立されたものと言われています。

<空海の教育理念とは>

空海は、総合教育、教養教育を重視しています。

「性霊集」の中に、こんなことが書かれています。

あらゆる菩薩や優れた賢者や聖者たちは、仏教の学問と世間のさまざまな学問を学ぶことによって悟りの知恵を獲得したのです。

例えば、一味だけでおいしい料理を作ったり、一音のみで素晴らし演奏をした人はいません。

広く学ぶことは、成功するうえでの要であり、国を治める知識を得るうえでの大切なことです。

生死の苦を断ち、涅槃の楽しみを受けるのも、さまざまな学問を総合的に学んだからです。

社会や国のリーダーの大切なところは、総合的な判断と理解ができることであるとも言っています。

そして空海は、教育の大切なところは結果だけではなく、どのように学んだかというプロセスが重要であるという考えです。

<空海の仏教での子育てとは>

宗教にとって子どもの心のをどのように育てていくか?

空海がこのようにいっています。

物の興廃は必ず人による。
人の消沈は定めて道にあり。

物事が栄えるか衰えるかは、必ずその関係した人によります。

そして、人が向上するか否かは、必ずその学び方や生き方に関係しています。

自分を正しく見つめられるか、他人や動物など大切にできる心を育てていく心の豊かさと強さをつくるところを空海は前提にしています。

子育ての目標は、人間らしい人間を育てることにあるといっています。

空海は、その人間らしい心のあり方を「十住心論」や「秘蔵宝鑰 」で説いています 。

今日の一言

始まりだと思うのも自分。

もう終わりだと思うのも自分。

今日も、あなたにとっていい一日でありますように(^_^)

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