深山幽谷の地に、高野山を発見!

深山幽谷の地に、高野山を発見!開創に着手【817年(44歳)】

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なぜ高野山を選んだのか?

最澄との別れ!

嵯峨天皇はなぜ空海を選んだのか?

この記事で解りやすく解説しています。

こんにちは。
私は仏教の大学を卒業して、仏教と書道を学んでいます。

聖佳と申します。

前回の記事を読みたい方はこちらをどうぞ。
■前回の記事:空海と最澄との間に生まれた溝、そして訣別!

嵯峨天皇に高野山を賜る!【816年(43歳)】

816年、御所を訪ねて 嵯峨天皇に修行のため金峰山のそばの山を頂きたいとお願いに行きました。

国と民のため密教をもっと極めたいと申し出ました。

空海はこの時、43歳でした。

若い時、修行のためいろいろな山を訪れていますが、この山が気に入り仏教の聖地にしたいと、前々から思っていたのでした。

この地は深山幽谷なので、人はあまり来ず、政治のことも耳に入らないので密教の修行に専念できると、密かに狙っていました。

嵯峨天皇に了承を得て、いざ 、高野山へ!

しかし、伽藍を立てる場所を探している途中、道に迷ってしまいます。

その時のことが、高野大師行状図画の「狩場明神」の絵の中にこのように描かれています。

途方にくれていると、2匹の犬を連れた、狩場明神という神に出合い高野山へ導かれるシーンがあります。

道を行く空海は「いずれの聖人か,どこ行かれる。」1人の猟師に呼び止められました。

空海が「唐から投げた三鈷杵を探している」と答えると「その場所なら知っている 。お教えしよう」といい2匹の犬を道案内に走らせたという。

導かれてついていくと、鉢が開いたような雄大な平原に辿り着きました。

空海がここだと思い景色を眺めていると、三鈷杵が松にかかっているのを発見!

この猟師姿の男こそ、地主の神である狩場明神の化身であったと伝えられています 。

空海は地主の神、丹生都比売命(にうつひめのみこと)丹生明神ともいう神からお告げがあり、この地を差し上げますと告げられたといいます。

丹生明神と狩場明神は母子であるともいわれている。

空海が思いえがいた土地が発見できました。

1200年前の高野山は、厚生林に覆われ、人もまれにしか訪れない幽玄の地でした。

818年高野山に伽藍を建てる準備がはじまりました。

※伽藍とは寺院の建物のことを言います。

<最澄が比叡山寺で亡くなる【822年6月】>

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822年6月最澄は56歳で生涯を閉じました。

空海と最澄は、弟子の泰範のこと、「理趣経」というお経のことで交流が無くなったままでした。

「理趣経」は空海が長いあいだ秘密にしていた経典です。

この経典には、かなり怖いことがたくさん書かれています。

「理趣経」はそのような教典なので、簡単に貸せなかったと思われます。

きちんと、空海のもとで修行を積まなければ、理解できない教典であり、自己流に解釈するととても危険なものなのです。

それで空海は断ったとも考えられます。

最澄の比叡山は織田信長が焼いてしまいました。

残念なことに、戦国以前のものが数多く失われています。

最澄はこのことは知らずに亡くなりました。

最澄は火災により、不幸のどん底に陥ることがなかったわけですね。

嵯峨天皇より東寺が与えられる【823年(50歳)】

823年 、嵯峨天皇より京都の東寺が与えられ 、密教の根本道場として発展していきます。

※東寺とは現在も京都府京都市南区にある寺で、教王護国寺ともいいます。

新しい宗教として、空海が持ち帰った密教が必要とされていたといわれますが、当時の日本欲しかったのは、空海の思想的なものというよりは、国を守る鎮護国家を考えた密教でした。

密教は、外敵から国を守るための呪法としての機能があります。

平安初期の日本が空海の考えを受け入れたのは、その側面が一番大きいと考えられますね。

それともう一つ、ずば抜けて頭が良いため、何をしても短期間で終えてしまい、人やお金の使い方も心得ていたようです。

<真言密教の根本道場が完成!【832年(59歳)】>

なかなか工事ははかどらず、空海が高野山に住めるようになったのは832年のころ高野山の講堂が完成した時でした。

※講堂とは仏教について講義をするための建築物です。

乙訓寺も高雄山寺も仮の住まいでした。

夢であった、真言密教の根本道場が出来上がりました。

空海の理想は、高野山を長安の青龍寺のようにしたかったようです。

この時空海は59歳でした。

今日の一言

幸福の神は、健康と健忘!

あなたにとって、今日も一日良い日でありますように(^_^)

次の記事では【満濃池を修築!】について、分かりやすく解説していきます。

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■前回の記事はこちら

空海と最澄との間に生まれた溝、そして訣別!

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