空海は密教の教えをすべて手に入れたが、師との別れあり

空海は密教の教えをすべて手に入れたが、師との別れあり!【805年12月】

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恵果和尚からの受法とは?

「灌頂 」とはどんなことをするのでしょうか?

空海は、恵果和尚の期待にこたえられるのでしょうか?

この記事で分かりやすく解説しています。

おはようございます。

私は仏教の大学を卒業して、仏教と書道を学んでいます。

聖佳と申します。

前回の記事を読みたい方はこちらをどうぞ。

■前回の記事:般若三蔵より梵語を学ぶ

密教の正統な伝承の人々

  • 密教の正統な伝承者とは「伝持の八祖」といいます。
    龍猛( りゅうみょう)
    龍智(りゅうち)
    金剛智(こんごうち)
    不空(ふくう)
    善無畏(ぜんむい)
    一行(いちぎょう)
    恵果(けいか)
    空海(くうかい)

などの人々をさします。 空海は8人目になります。

805年5月、空海は青龍寺の恵果和尚を訪ねました。

恵果和尚は空海に会い、次なる伝承者と見てとり、すぐさま密教の大法を授けることを告げ法を正式に伝える儀式「灌頂」を行いました。

今までの仏教では、経典を学ぶ学問のようなもので、悟りを開くことは、とても難しかった。

しかし密教では大日如来の教えに従い修業を積むということです。

そして、加持祈祷すれば病気をなおしたり、災いから逃れられるというものです。

加持祈祷とは、仏に祈ってまじないをすることです。

しかも即身成仏ができるといわれています。

即身成仏とは、密教では修業を積めば、生身の体で仏になれることになっています 。

<灌頂の儀式とは>

まず最初に、正式な恵果の弟子になる手続きをしました。

三昧耶戒(さんまやかい)という密教の受戒を受けました。

次に灌頂の儀式です。

密教で行う、頭に水を灌ぐというものです。

古代インドで、国王の即位の式典で行われていたものを、仏教が取り入れたものです。

密教では、五智を象徴する水が入った瓶の水弟子の頭に灌ぎ、大日如来の宝冠を授与するもです。

空海は。

  • 6月に早くも胎蔵界の灌頂を受けます。
  • 7月に金剛界の灌頂も受けています。
  • 8月に伝法阿闍梨の灌頂もうけ、異例の速さでとり行われていきました。

この様子は、高野大師行状図画の「灌頂受法」の絵の中で描かれています。

灌頂儀式の様子は、空海が目隠しをされて、曼荼羅の前に立ち花を投げる「投華得仏」というものです。

曼荼羅というものは、さまざまな仏を絵の中に配置して図式的に描かれたものです。

投げた花の落ちたところの仏様をその人に最も縁のある仏様として礼拝させるというものです。

空海は胎蔵界曼荼羅と、金剛界曼荼羅の両方とも大日如来の上に落ちたのです。

こういう事はないので、関係者や恵果和尚は、この奇跡を喜びました。

これで恵果は空海に、密教の法はすべて伝え、空海に阿闍梨になったことを伝えました。

そして、密教の名を「遍照金剛」にするとよい、と授けました。

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<空海に恵果和尚の衣が渡された>

高野大師行状図画の「道具相伝」に描かれています。

恵果は空海に歴代の祖師から受け継いできた密教を伝えたほか、伝承者の証として、師であ恵果から袈裟を送られました。

その他、空海のために、たくさんの弟子に曼荼羅を描かせたり、経典を写させたり 、法具も作らせました。

805年12月恵果和尚はなくなりました。

この時に、恵果和尚は空海を呼び、最後の言葉を告げたのでした。

「私に持っているものをすべて授けた。だから早く日本に帰り、この教えを持って天皇に仕えて、国の平安と人々の幸福を祈りなさい」と伝えました。

空海と恵果和尚は6か月という短い縁でした。

この短い期間に、難しい経典などをマスターできたというのにも驚きますが、それ以上に、恵果和尚と空海の信頼関係の深さに衝撃を受けました。

恵果和尚が亡くなったその夜、祈る空海の前に恵果和尚が現れて「私とそなたは、堅い契りで結ばれている。必ずや密教を広めていこう」と告げられたというのです。

空海は「虚しく往きて実(み)ちて帰る」と師の恩に感謝しています。

空海は恵果との約束で、早く帰国することを決意する 。

しかし、国との約束期間があり、そんなに簡単に帰ることができないのです。

そんな中、空海の強運パワーは、またもや幸運を運んできました。

唐の新皇帝の即位を祝う使節団が、日本から長安に来ていたのです。

空海が日本に帰る チャンスが来たのです。

空海は、使節の高階遠成(たかしなのとうなり)の一行と、日本へ帰る事を決ました。

留学僧は20年間は滞在して、多くの物を学ばなければならないことになっています。

しかし、空海はここで帰ると、2年間で帰国することになります。

空海は国に受け入れてもらえるのでしょうか?

(我が家のおもしろ 不思議エピソードの話)

先月、高野山に行ってきましたが、その帰り道に、道を間違えたことのない主人が道をも違て、車一台が走れる位の狭く落石注意の札がある山道を30分走って、やっと広い道に出たと思ったら、初めにいた駐車場に戻ってきた話。

次の日、長年抱えていた腰痛がまったくなくなりました、という不思議な話です。

本当に治ったのかお伝えしますと言っていたことです。

完璧に治りました。

奇跡です!

来月は、主人の希望で、お礼に行ってきます\(^o^)/

あなたも、世界遺産!天空の聖地・高野山の魅力を感じてみませんか。

あなたにとって、いい日でありますように(^_^)

次の記事では【唐より帰国するが、入京できないのはなぜか?】について、分かりやすく解説していきます。

■次の記事はこちら:唐から帰国するが、入京ができないのはなぜか?

■前回の記事はこちら:般若三蔵より梵語を学ぶ

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