頭脳明晰な学生(真魚)から、仏教一筋にのめり込む(空海)へ変貌!

真魚から空海に変貌、仏教の道へ!大学を辞める【793年(20歳)】

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真魚(空海)は将来を約束された大学をなぜ辞めたのか?

名前を空海に変えたのは?

仏教にのめり込み厳しい修行をするようになったのはなぜ ?

このような奇想天外な人生を送った、空海のことを解説しています。

おはようございます。
私は仏教の大学を卒業して、仏教と書道を学んでいます。

聖佳と申します。

前回の記事を読みたい方はこちらをどうぞ。
■前回の記事:弘法大師(空海)国学から都の大学へ入学する

学生(真魚)から、仏教(空海)へ変貌!

<虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう) >

空海が初めの一歩を 踏み出した求聞持法とは?

仏教の真言でした。

真言とは仏が説いた真実の言葉です。

それを呪文のように唱えるのが密教でした。

呪文を100万回唱えると無限の記憶力が得られるというものでした。

通りすがりの修行者が言った一言なのによく信じたと思いますが、その修行者から虚空蔵求聞持法を教えていただきました。

高野大師行状図画「受法」の絵の中に、虚空蔵求聞持法を受けている様子が描かれています。

<名前が真魚から空海になる  >

真魚がやっと100万回唱えることができたと時、目の前に映った空と海の壮大さに驚き感動して、自分の名前を空と海からいただいて空海とすることにしました。

ここからが空海の名前誕生になります

未来に弘法大師(空海)が受け継がれていくのには、ふさわしい名前ですね。

この時から、仏教を修行すると固く決心しました。

出世の道が閉ざされている大学に希望を持てず、一年あまりで辞めてしまうことになります。

当然、家族や一族には猛反対されますが、説き伏せて仏の道に進みます。

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<空海は20歳の時に出家をする >

高野大師行状図画「出家」の絵の中に 、髪をそり落として 、出家得度を行い僧となる様子が描かれています

空海の固い決意が感じ取れますね。

また、「遺告(ゆいごう)25か条」に勤燥僧正が戒師として髪をそり落としたと記載されています。

この頃から、山林の修行者にまじり、私度僧として過酷な修行をしていくことになります

※私度僧とは朝廷から正式に許可を受けていない僧のことです。

<四国にわたり修行をする>

四国に渡った空海 の修行は?

  • 阿波(徳島県)の大竜寺山 では崖から身を投げる修行をしています。
  • 伊予(愛媛県)の石鎚山では絶食をして断食修行をしたといわれています。
  • 土佐(高知県)の室戸岬 では「 御厨人洞窟 」に座り込んで空と海だけしか見えない窟で、無我夢中で真言を唱える日々を送っていました。

来る日も来る日も怒濤逆巻く室戸岬 で真言を唱えていたら、あるとき、海中より怪異の光がいかかり、毒竜は火炎を吹いて迫りましたが、空海の心は不動のものとなっていました。幾た押し寄せるあらゆる不安と苦悩、誘惑も求聞持の真言を念ずればただちに消散しました。

ある明け方に、空海の口めがけて明星(金星)が飛び込んできて、吐く息は光明となって天地宇宙に広がるように感じられました。

この時、空海は仏と一体になるという不思議な体験をしたといっています。
「谷響きを惜しまず、明星来影す」と自ら記録しています。

高野大師行状図画「明星来影」の絵の中に四国の室戸岬で虚空蔵求聞持法を唱えている時 明星が口めがけて飛び込んでくる様子が描かれています。

空海は、この神秘体験の正体を探し求めるようになります。

この出来事が、空海の人生に大きく関わっていきます。

今日も、あなたにとって良い一日になりますように(^_^)

次の記事では【空海は、夢で神秘体験とは?】について、
分かりやすく解説していきます。

■次の記事はこちら:空海は、神秘体験を経て「三教指帰」を著す
■前回の記事はこちら:弘法大師(空海)国学から都の大学へ入学する
■空海の歴史のすべての記事の目次はこちら
(準備中)

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